メモ

生きる意味を考える

 

・幸福追求

幸福感の全ては死によって無意味になる。死を通過してもなお意味を失わないような「成果物」を考えなければならない。

死後の世界の存在が死を超越した思考を可能にするが、俺にはその存在を信じることは出来ない。

 

・誰か(何か)が課してくれる役目を果たすこと

他人のためという理由では一生をかけて背負うには希薄すぎる。

仮にそれを言い聞かせたとしても、それは自己欺瞞でしかない。

宗教的な役割を含む。

 

・自分を人類という集合体の一細胞であると考えたとき、子孫を残す、人類への(文明における)貢献

先述した案の真部分集合でもある。

この中ではこれが一番妥当に思えるが、俺には無理。

無意味な連鎖を続けることはあまりに残酷すぎる。

 

結局は、すべては悲しい物理現象なのか?

蹴ったボールが物理法則に従って転がっているに過ぎなくって、俺の脳の電気信号の伝達も、ビックバンという現象を発端とする一連の物理運動の過程に過ぎないのか?

つまり、生きる意味など初めから用意されていないというのか。